分子で動く超小型コンピュータを実現:人工細胞膜上のナノポア統合型DNA演算デバイス
分子で動く超小型コンピュータを実現:
人工細胞膜上のナノポア統合型DNA演算デバイス
国立大学法人真人线上娱乐大学院工学研究院生命機能科学部門の川野竜司教授と同大学院工学府大学院生の滝口創太郎(研究当時?卓越大学院生)、鈴木春音(研究当時)、大原正行(研究当時)、同大学院GIR研究院の竹内七海特任助教、国立研究開発法人海洋研究開発機構超先鋭研究開発部門の小宮健副主任研究員らのグループは、DNAとナノポア(注1)技術を組み合わせ、1分子で動作する論理演算装置を開発しました。人工細胞膜内でDNAが酵素に応答してANDゲート(全ての入力がONの時のみ、特定の出力を生じる仕組み)として働くことで、リアルタイムな分子情報処理が可能になります。本研究成果は、医療や診断技術への応用が期待されます。
本研究成果は、Small(6月4日付)に掲載されました。
論文タイトル:Nanopore-Based Single-Molecule Logic Unit (sMOLU)
URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/smll.202501560
背景
近年、分子レベルでの情報処理技術としてDNAコンピューティングが注目を集めています。DNA分子の配列設計性と特異的な相補性を活かし、多様な論理演算や計算処理が可能であるため、ナノスケールの分子コンピュータとして期待されています。しかし、従来のDNAコンピューティングは試験管内での大量分子の集合挙動に依存しており、単一分子レベルでの動的かつリアルタイムな情報取得や制御には限界がありました。一方、タンパク質ナノポアを利用した単一分子検出技術は、DNAやタンパク質の個々の分子状態を電気信号として高感度に観測可能であり、分子の構造変化や相互作用をリアルタイムで解析する強力なツールとして発展しています。特にα-ヘモリシン(αHL)ナノポアはDNA検出に適したサイズで、多くの研究で利用されています。
本研究では、このナノポア技術とDNAコンピューティングを組み合わせ、脂質膜に埋め込んだ世界最小級の分子計算装置「単一分子論理ユニット(sMOLU)」を開発しました。この装置は、酵素によるDNA切断反応を入力とし、2種類の酵素によるDNA切断反応が同時に起こるときにのみ、出力としてDNA断片を放出します。
研究体制
本研究は、真人线上娱乐大学院工学研究院生命機能科学部門の川野竜司教授、同大学工学府大学院生の滝口創太郎(研究当時?卓越大学院生)、鈴木春音(研究当時)、大原正行(研究当時)、同大学院GIR研究院の竹内七海特任助教、海洋研究開発機構超先鋭開発部門の小宮健副主任研究員らによって実施されました。本研究はJSPS科研費基盤研究(A)「分子演算システムによる腫瘍由来核酸の高速パターン診断」19H00901、学術変革領域研究(A)「ミニマル人工脳のための記憶?学習分子回路の開発」20H05971、学術変革領域研究(A)「De novo細胞膜分子システムのボトムアップ構築」21H05229、学術変革領域研究(A)「RNAプロファイルをその場で自動計測?判別する診断用分子システムの構築」22H05440、基盤研究(S)「自律分散型分子システムによるセラノスティクス」25H00416、JST CREST「自在配列設計ペプチドによるナノポアシステムの構築」JPMJCR21B2の助成を受けたものです。
研究成果
本研究では、DNAの配列依存的な分子挙動を利用した単一分子DNAコンピューティングとナノポア技術を融合し、脂質二分子膜中に埋め込まれた単一分子論理演算装置(single-molecule logic unit; sMOLU)を構築しました(図1)。具体的には、3本のDNA鎖からなるY字型構造DNA(3WJ DNA)に、2種類の制限酵素(注2)の認識部位を設計し、両方の酵素によりDNA鎖が切断されたときにのみDNA断片が放出されるANDゲートを実現しました。3WJ DNAは、分子間相互作用を利用してαHLナノポア内に固定しました。巨大脂質二分子膜小胞(Giant Unilamellar Vesicles; GUV、注3)膜にsMOLUを組み込み、GUV外に存在する2種類の制限酵素の働きによって、ナノポアに固定されたDNA断片がGUV内部に放出されることで、GUV内部に用意したDNA増幅反応を誘起し、蛍光分子標識によるシグナル増幅?検出を行いました(図2)。この蛍光計測により、分子論理演算の出力を光学的に可視化しました。
今後の展開
本sMOLUシステムは、分子コンピューティングの最小単位として単一DNA分子の演算機能をナノポア技術で直接観察し制御可能にしたことに意義があります。今後は、より複雑な分子論理回路の設計や多段階の計算プロセスへの応用を目指し、計算出力を別の分子反応に連結させることで、人工細胞や分子ロボットにおける情報処理?応答機能の構築に繋げていきます。特に、生体膜環境下での動作が可能なことから、細胞内外の環境変化を検知して分子レベルで処理し、疾患マーカーの高感度検出や標的分子に応じたドラッグリリースといった創薬?診断応用への展開が期待されます。
用語解説
注1)ナノポア
膜タンパク質やイオンチャネルによって、脂質二分子膜中に形成されるナノメートル(1ミリメートルの100万分の1)サイズの微細な孔(ポア)。
注2)制限酵素
DNAを配列特異的に切断する酵素。
注3)GUV
大きさが数?mから数十?m 程度のリポソーム。リポソームとは、細胞などの生体小胞と同じリン脂質二分子膜で構成される人工小胞である。


◆研究に関する問い合わせ◆
真人线上娱乐大学院工学研究院
生命機能科学部門 教授
川野 竜司(かわの りゅうじ)
TEL/FAX:042-388-7187
E-mail:rjkawano(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp
◆報道に関する問い合わせ◆
真人线上娱乐 総務課広報室
TEL:042-367-5930
E-mail:koho2(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp
海洋研究開発機構 報道室
TEL:045-778-5690
E-mail:press(ここに@を入れてください)jamstec.go.jp
関連リンク(別ウィンドウで開きます)