化学反応前後の流体の物性値では予測できない流動を引き起こす新たな反応メカニズムを発見~分子を診る反応系流体力学研究の深化~
化学反応前後の流体の物性値では予測できない流動を引き起こす新たな反応メカニズムを発見
~分子を診る反応系流体力学研究の深化~
国立大学法人真人线上娱乐大学院生物システム応用科学府生物機能システム科学専攻 2021年度前期博士課程修了の平野紗愛さん、同大学院工学研究院応用化学部門の長津雄一郎教授、同大学院 グローバルイノベーション研究院の鈴木龍汰特任助教、医療創生大学薬学部の飯島淳講師は、2019年に長津教授、飯島講師らが世界で初めて発見した化学反応前後の流体の物性値では予測できない流動を引き起こす新たな反応メカニズムを発見しました。
2019年の研究では、高分子水溶液と金属塩水溶液の化学反応により溶液の粘弾性が一時的に増加し、その後、それが消滅する流動を発見しました。これは一時的に、高い電荷をもつ金属塩と水分子が結合して形成した分子(アクア錯体)が主成分となり、高分子との静電気的な架橋によって見かけの分子量及び粘弾性が増加するが、その後、高分子の架橋サイトが消失することで、見かけの分子量及び粘弾性が減少していました。今回の発見では、粘弾性の一時的な増加は前報と同様のメカニズムで生じますが、その後の粘弾性の減少は、金属塩のアクア錯体から高分子への架橋が消失することで引き起こる場合があることを明らかにしました。本研究は、化学反応前後の流体の物性値では予測できない流動を引き起こす条件の包括的な理解につながり、マクロな流動の理解にミクロな分子構造変化の解明が必要となる分子を診る反応系流体力学研究を深化させるものです。
本研究成果は、英国王立化学会が発行するPhysical Chemistry Chemical Physics(電子版2023年3月17日付)に掲載されました。
掲載場所: https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2023/cp/d2cp05827h
論文名: Unpredictable polymeric flow dynamics with reaction between HPAM and Al?? by comparison between pre- and post-reaction fluid properties
著者: Sae Hirano, Yuichiro Nagatsu, Ryuta X. Suzuki, and Jun Iijima
現状
化学反応を伴う気体や液体の流動(反応流と呼ばれる)は、工業分野、環境中、生体内などで観察され、生活の至るところに存在する現象です。反応流では、化学反応によって流体の物性が変化する場合、化学反応によって流動が変化する可能性があります。そのため、これまでは反応前後の流体の物性値を比較することで、化学反応が流動に及ぼす影響を予測することが常識とされていました。例えば、反応前後で粘度が減少するのであれば、流動中の粘度も減少すると考えられ、逆に反応前後で物性値の変化がなければ、化学反応は流動に影響を及ぼさないと考えることが常識でした。このような中、2019年に長津教授、飯島講師らの研究チームが、化学反応前後の物性値では予測できない流動を発見し、そのメカニズムを解明しました(2019年6月6日、真人线上娱乐プレスリリース「化学反応前後の物性値では予測できない高分子溶液の流動を発見~分子を診る反応系流体力学の創出に向けて~」。また当該論文は、2019年度 化学工学会 粒子?流体プロセス部会 フロンティア賞を受賞しました)。しかしながら、このような化学反応前後の物性値では予測できない流動は、その後、他の報告はなく、この流動を引き起こす条件の包括的な理解に向けて、新たな流動の発見およびそのメカニズムの解明が必要とされていました。
研究成果
2019年の研究では、ビーカー内にて部分的に加水分解したポリアクリルアミド (HPAM) 溶液と硝酸鉄(III)溶液の間の化学反応を伴う、攪拌翼による撹拌流れを調べました。今回、金属塩水溶液として硝酸アルミニウム水溶液を用い、HPAMのpHと硝酸アルミニウムの濃度を変化させました。今回も反応は、最終的には溶液の粘度を若干低下させるにもかかわらず、混合反応の途中では混合溶液の粘弾性が一時的に増加し、撹拌溶液が撹拌棒を登っていく、いわゆるワイセンベルグ効果が、一時的に現れ、その後、消滅することを発見しました(図1)。このメカニズムを明らかにするために、前報と同様に、撹拌トルク(※1)と溶液のpHを同時に測定しました(図2(a))。その結果、前報と同様に、ワイゼンベルグ効果の出現?消失に対応して撹拌トルクが一時的に増加しました。前報では、ワイゼンベルグ効果の出現?消滅が発生する条件では、pHは硝酸鉄(III)水溶液添加のすぐ後に、pH が大きく減少しましたが、今回、硝酸アルミニウム水溶液添加のすぐ後に、pHが大きく減少する場合(図2(b))とpHがほとんど減少しない場合(図3(c))の二通りあることが明らかになりました。この反応メカニズムを解明するために、前報と同様に、アルミニウムアクア錯体の加水分解平衡式を用いて現象を説明することを試みました。その結果、二つのメカニズムが存在することを突き止めました(図3)。硝酸アルミニウム水溶液添加直後にpHが減少する場合(図3(a))、硝酸アルミニウム水溶液添加後は[Al(H?O)?]??と[Al(H?O)?(OH)]??の濃度が他のアクア錯体と比べて大きくなり、カルボキシレートイオン(―CCO?)と結合して、見かけの分子量が大きくなって粘弾性が増加するが、時間経過とともにpHが減少し、カルボキシレートがプロトンを引きつけカルボキシル基になり、高分子の架橋サイトが消失することで見かけの分子量及び粘弾性が減少しました。一方、硝酸アルミニウム水溶液添加直後にpH減少がほとんどない場合(図3(b))、硝酸アルミニウム水溶液添加直後の支配的な錯イオンは[Al(H?O)?]??と[Al(H?O)?(OH)]??で、前述のメカニズムと同様に見かけの分子量及び粘弾性が増加するが、pHが変化しないことから反応後期では高pH領域の支配種である[Al(H?O)?(OH)?]?の濃度が他のアクア錯体と比べて大きくなり、その結果、金属アクア錯体から高分子側への架橋が消滅することで粘弾性が減少しました(図3(b))。
研究体制
反応流を専門とする真人线上娱乐大学院長津雄一郎教授、鈴木龍汰特任助教、長津研究室卒業生の平野紗愛さん、無機化学?分光化学を専門とする医療創生大学薬学部の飯島淳講師の共同研究が、この化学反応前後の流体の物性値では予測できない流動を引き起こす新たなメカニズムの解明を可能としました。本研究は日本学術振興会科学研究費補助金(16K06068)の援助を受けて行われたものです。
今後の展開
本成果により、高pH領域において、アルミニウムと同様のアクア錯体の加水分解平衡を持つ金属イオン(例えば亜鉛)も類似の挙動を示すことが示唆され、現在、それを検証しています。さらに、一時的な粘弾性の増加及びその消滅の新たなメカニズムの発見は、一時的な粘弾性の増加と消滅に関する新たなメカニズムが他のポリマーを用いたときに生ずる可能性も示しており、今後、他のポリマー水溶液を用いた検討も進めてゆきます。これらにより、この流動を引き起こす条件の包括的な理解を目指します。
語句解説
※1 撹拌トルク:撹拌翼にかかるねじれの強さ:液体の粘弾性が高いほど大きな力がかかる。
◆研究に関する問い合わせ◆
真人线上娱乐大学院工学研究院応用化学部門
(化学物理工学専攻)
教授 長津 雄一郎
TEL/FAX:042-388-7656/042-388-7693
E-mail:nagatsu(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp
医療創生大学 薬学部
講師 飯島 淳
TEL:0246-29-5387 (直通)
E-mail:polyoxometalate(ここに@を入れてください)hotmail.com