衛星画像と種分布モデルを用いることで森林害虫マイマイガの発生予測に成功
衛星画像と種分布モデルを用いることで
森林害虫マイマイガの発生予測に成功
国立大学法人真人线上娱乐大学院農学研究院の井上真紀教授と山下恵准教授、森夏美(2023年度本学農学府修了)、樋口直生(2019年度本学農学部卒業)で構成された研究チームは、富山県黒部市において森林害虫マイマイガの大発生によって生じた食害による被害分布を衛星画像を用いて解析するとともに、得られたデータを、マイマイガの目撃情報(在データ)として種分布モデルを用いて分布推定を行い、これまで困難であったマイマイガの生息域の特定および発生の予測に成功しました。この成果により、森林が提供する多様な生態系サービス(生態系の生物多様性がもたらす恵み)を持続的に利用するための適切な防除?管理方策への提案につながることが期待されます。
本研究成果は、Environmental Monitoring and Assessment(6月14日付)に掲載されました。
論文タイトル:Integration of satellite remote sensing and MaxEnt modeling for improved detection and management of forest pests
URL:https://link.springer.com/article/10.1007/s10661-024-12792-y
背景
森林は、生物多様性の保全や土砂災害の防止、カーボンニュートラルへの貢献など、多様な機能を提供しています。しかし、健全な森林を脅かす要因として、火災や異常気象などと並んで、森林害虫も重要な問題の一つです。世界では、森林害虫の被害を受ける森林面積が8500万ヘクタール以上に達すると報告されています。
チョウ目ドクガ科のマイマイガは、ヨーロッパやシベリア、日本を含むアジアに生息しており、周期的に大発生することが知られています。マイマイガは多様な樹木の葉を食害するため、大発生時の樹木への被害は深刻で、その発生の適切な管理は森林の持続可能な利用において重要な課題です。
効果的な害虫管理には、種の空間分布や害虫による被害の予測が必要です。種分布モデルMaxEnt(注1)は、種の在データと環境データを基に分布予測が可能な機械学習法です。近年では、標高や気温などの環境データの取得に、衛星からの地球観測技術が活用されています。この衛星観測技術は、地上観測と比べて広域的かつ周期的に地上の様子を観測するのに優れ、全球で環境データが利用可能なため、地球環境のモニタリングなど幅広い場面で活用されています。衛星観測によって取得された環境データは、種分布モデルにも利用されています。
これまで、在データには、現地調査や目撃情報などのデータが使用されてきました。MaxEntは少ない在データから予測が可能な手法ですが、現地調査は必ずしも分布予測に十分な量や質を提供するわけではありません。例えば、マイマイガは大発生時に大量の成虫が飛翔して市街地に産卵することが目撃されますが、森林内での報告例は多くありません。また、現地調査は、市街地近郊や道沿いなど、森林内部と比べて調査が容易な場所で行われることが多く、これによりサンプリングバイアスが生じる可能性があります。
そこで、研究チームは衛星画像解析によるマイマイガの被害分布図をMaxEntの在データとして、現時点で初めて活用する試みを行いました。
研究成果
衛星画像を用いたマイマイガの食害による被害分布図の作成
研究チームは、2021年から2022年にかけて、マイマイガが大発生した富山県黒部市を中心に現地調査を行い、食害被害が確認された地点の写真を撮影し(図1)Google Earthを用いて位置情報を抽出しました(図2)。これらをグラウンドトゥルース(注2)として使用し、2022年のSentinel-2A/B(注3)の衛星画像を用いてマイマイガの食害による樹冠の変化を検出し、被害分布図を作成しました。この結果、この年の総落葉面積は7.89 km2と推定され、対象地域の森林面積の12.7%に相当することが分かりました。
種分布モデルMaxEntによる富山県のマイマイガ発生予測
得られたNDVI(注4)減少量による被害分布図を在データ、4つの変数(標高?斜度?斜面方位?土地被覆)を環境データとして、MaxEntを用いて富山県全域におけるマイマイガによる落葉(つまり、マイマイガが発生していると予測される場所)の分布確率を算出しました。その結果、特に標高が約400~700 m、斜度が約35~50度の落葉広葉樹林で分布確率が高いことが分かりました(図3)。これは先行研究や、過去に中部~北陸地方で大発生した地点の環境と類似しており、衛星画像を用いて作成したマイマイガの食害による被害分布図は、種分布モデルにおける在データとして十分に活用可能であることが示されました。
また、MaxEntによる分布予測結果を、現地調査による被害地点および先行研究による過去の発生情報と比較したところ、幼虫および幼虫による落葉の発生地点は、MaxEntによる分布予測確率が高い範囲と一致していました(図3)。一方で、卵塊の発生地点は、分布予測確率が高い範囲の周辺だけでなく、非常に低い沿岸部にも位置していました(図3)。これは、メス成虫が産卵のため飛行し、特に大発生時には、都市部の光に誘引されるためです。このため、産卵場所と幼虫の生息場所は必ずしも一致しないことが考えられ、分布予測に用いる在データの扱いには注意が必要であることが分かりました。
これらの結果から、マイマイガの成虫および卵塊の発生を予測するためには、まず環境データを用いて幼虫の発生リスクが高い範囲を抽出し、その高リスク範囲から数キロメートル圏内を成虫および卵塊の発生リスクが高い地域と選定する方法が適切であると示され、マイマイガの発生を予測する方法を確立しました。
今後の展開
2022年の大発生時には、JR西日本が富山県黒部市と新潟県糸魚川市の2つの駅のマイマイガ駆除に約200万円を投じたことが報道されました。また、日本の港は、北米などが指定する「マイマイガハイリスク港」(注5)に指定されています。このことから、本研究成果は、駅をはじめとした公共施設における適切な防除?管理方策の策定や港における適切なリスク管理にも役立つことが期待されます。
用語説明
注1)MaxEnt
Maximum entropy methodの略で、生物種の空間分布モデルを推定するソフトウェアのこと。
注2)グラウンドトゥルース
地上検証データともいい、遠隔測定した地上の対象物について、現地調査から得たデータのこと。
注3)Sentinel-2A/B
欧州宇宙機関が打ち上げている人工衛星で、高解像度(10 m)で同一仕様の衛星2機が5日ごとに観測されている。
注4)NDVI
正規化植生指数(NDVI)は植生の分布状況や活性度を示す指標であり、-1 から 1 の間に正規化された数値で示され、葉の密度が高い場合、NDVI の値が大きくなる。
注5)「マイマイガハイリスク港」
北米では1860年代にヨーロッパからマイマイガが持ち込まれ、東部のエリアでは侵略的外来種として甚大な被害を引き起こしている。このため北米では、アジア?シベリアからのさらなるマイマイガの侵入?定着を警戒し、Animal and Plant Health Inspection Service’sはこれら地域の港からの船舶にマイマイガの不在証明書の提出を求めており、貿易における経済的負担となっている。
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◆研究に関する問い合わせ◆
真人线上娱乐
大学院農学研究院生物制御科学部門?
教授 井上 真紀(いのうえ まき)
TEL/FAX: 042-367-5619
E-mail:makimaki(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp
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