最小量でタンパク質の立体構造形成を促進する化合物を開発――バイオ医薬品の合成効率向上やミスフォールディング病予防?治療薬の開発に光――

最小量でタンパク質の立体構造形成を促進する化合物を開発
――バイオ医薬品の合成効率向上や
ミスフォールディング病予防?治療薬の開発に光――

ホ?イント
?タンパク質が活性を示す上で必要不可欠な3次元構造を形成するフォールディングを、高い効率で促進する初めての人工ジスルフィド分子pMePySSを開発しました。
?pMePySSは酵素に準ずる機能を保有し、タンパク質の立体構造形成に重要となるジスルフィド結合の形成を促進することが分かりました。また添加量も、タンパク質のジスルフィド結合に対して、1当量(理論上要する最小量)で十分な効果を発揮することを確かめました。
?構造異常タンパク質が引き起こすパーキンソン病やアルツハイマー病、2型糖尿病などのミスフォールディング病に対し、酵素代替による新たな治療薬の開発だけでなく、インスリンや抗体医薬などのタンパク質製剤の合成効率向上に貢献することが期待されます。

本研究成果は2023年6月30日(金)、英国化学会誌「Chemical Science」のオンライン版て?公開されます。
報道解禁日:6月30日 18時00分(日本時間)
論文タイトル:Semi-enzymatic acceleration of oxidative protein folding by N-methylated heteroaromatic thiols
著者:Shunsuke Okada, Yosuke Matsumoto, Rikana Takahashi, Kenta Arai, Shingo Kanemura, Masaki Okumura and Takahiro Muraoka *責任著者 村岡貴博、奥村正樹
URL:https://doi.org/10.1039/D3SC01540H 

概要
 真人线上娱乐大学院工学府の岡田隼輔(博士後期課程修了)、松本陽佑(博士前期課程修了)、大学院工学研究院の村岡貴博教授、東北大学学際科学フロンティア研究所の奥村正樹准教授、東海大学理学部の高橋莉奏(博士前期課程学生)、荒井堅太講師、関西学院大学理学部の金村進吾助教の研究ク?ルーフ?は、変性状態注1)のタンパク質に対して、1当量添加でフォールディングを効率的に進める合成化合物pMePySSの開発に成功しました。ピリジニウム基とチオール/ジスルフィド基の連結構造が、ジスルフィド結合注2)形成を伴う酸化的タンパク質フォールディング注3)を促進する効果的な分子構造であることを見出しました。
 アミノ酸が連結して作られるポリペプチドは、天然構造注1)と呼ばれる特定の三次元構造を形成して、タンパク質としての機能を獲得します。この天然構造を形成する過程をポリペプチド鎖の折りたたみ、フォールディング、と呼びます。タンパク質は、インスリンや抗体医薬などバイオ医薬品としても広く利用され、その社会的重要性は近年急速に高まっています。フォールディングを効率よく進める材料や技術開発は、タンパク質製剤の生産効率の向上に直結する重要な課題です。
 医薬品として用いられるものも含め、タンパク質の多くは、システイン残基注4)間でのジスルフィド結合形成を伴いながらフォールディングを行います。ジスルフィド結合形成は酸化反応であるため、その形成を伴うフォールディングは酸化的タンパク質フォールディングと呼ばれます。酸化的タンパク質フォールディングを促進する人工化合物として、チオール/ジスルフィド構造を中心にこれまでも開発が行われてきました。しかし、従来のチオール/ジスルフィド化合物は、いずれもタンパク質に対して過剰に添加し、フォールディング促進が行われてきました。過剰量添加を要する点で、従来の化合物の効率は十分に高いものと言えない現状にありました。
 本研究では、生体内で広く見られるメチル化反応に注目し、チオール/ジスルフィド化合物に対するメチル化による酸化的タンパク質フォールディングの促進効率向上を検討しました。その中で開発した化合物pMePySSが、還元変性タンパク質(ウシ膵臓トリプシンインヒビター、BPTI)に対して、ジスルフィド結合当り1当量添加で最大74%の収率で天然構造体を与えました。これは、従来の人工フォールディング促進化合物を過剰量用いた場合と比べても同等の収率であり、pMePySSが従来化合物と比べて、添加量基準で10倍以上高い効率でフォールディングを進めることが示されました。pMePySSは、インスリンのフォールディングに対しても1当量添加で促進効果を示しました。酸化型グルタチオンGSSG注5)を用いる従来法と比べて、pMePySSは、4.2倍高い効率でインスリン天然構造体の形成を進めました。
 この成果は、構造異常タンパク質が引き起こすパーキンソン病やアルツハイマー病、2型糖尿病などのミスフォールディング病に対する治療薬の開発や、インスリンや抗体医薬などのタンパク質製剤の合成効率の向上に貢献すると期待されます。

背景
 タンパク質は、アミノ酸が特定の配列に従って連結したポリペプチドです。鎖状高分子であるポリペプチドが、タンパク質としての機能を獲得するためには天然構造と呼ばれる立体構造を形成する必要があります。この立体構造形成過程は、フォールディングと呼ばれます(図1)。インスリンや抗体医薬として、バイオ医薬品の価値は近年急速に高まっており、タンパク質製剤の生産効率を向上させる基盤として、フォールディングを効率よく進める材料や技術開発は注目を集めています。また、非天然型の立体構造を形成した構造異常タンパク質は、神経変性疾患注6)や糖尿病などを発症する原因と考えられています。細胞内では、タンパク質ジスルフィドイソメラーゼ(PDI)などの酸化還元酵素や分子シャペロン注7)が構造異常タンパク質を低減する因子であることが知られてきましたが、これら因子と同等の機能を持つフォールディング補助分子の開発は未達成でした。すなわち天然構造へ巻き戻す化合物の開発は、これらミスフォールディング病に対する有効なドラッグデザインを提供します。
 医薬品として用いられるものも含め、タンパク質の多くはシステイン残基を持ち、その側鎖にはチオール基が存在します。チオール基は酸化反応によりジスルフィド結合を形成します。ジスルフィド結合形成はタンパク質フォールディングを進める重要な要素であり、その形成と組換えを行う化合物が、フォールディング促進機能を持つことが知られています。これまでも、システイン残基に対して反応するチオール/ジスルフィド化合物が開発され、タンパク質フォールディング促進機能の向上が図られてきました。しかし、いずれもタンパク質に対して過剰量添加を要する点で、その効率は十分に高いものと言えない現状にありました。

研究の内容と成果
 チオール/ジスルフィド化合物をタンパク質フォールディング促進に用いる上で、チオール基の求核性注8)とジスルフィド基の酸化力を高めることが重要です。しかし、それらを両立する分子設計は十分に確立されていません。チオール基の求核性を高める上で、塩基性ユニットとの連結が有効であることが知られています。そこで本研究では、塩基性ユニットとしてピリジル基に注目し、ピリジル基とチオール基を連結した化合物PySHを基盤に、効率的にタンパク質フォールディングを促進する化合物開発に取り組みました。ここで、生体内では、ピリジル基中の窒素原子のようなヘテロ原子はメチル化を受けます。メチル化はヘテロ原子に電荷を与え、その物理化学的特性を大きく変化させます。この効果により、メチル化を受けた生体分子は機能や活性をスイッチすることが知られています。生体内で広く見られるメチル化反応から着想し、PySH(およびそのジスルフィド体PySS)に対するメチル化が、タンパク質フォールディング促進効果に与える影響についても合わせて評価しました。
 ピリジル基とチオール基を、互いの位置関係がそれぞれ異なるオルト位、メタ位、パラ位で連結した位置異性体oPySH、mPySH、pPySH(図2a?c)と、それらの窒素原子をメチル化した化合物oMePySH、mMePySH、pMePySH(図2d?f)、およびそれらのジスルフィド体を合成し、系統的に化学的な特性とタンパク質フォールディング促進効果を評価しました。その結果、オルト、メタ、パラのすべての異性体に共通して、メチル化することによってチオール基の酸性度とジスルフィド基の酸化力がいずれも向上することが分かりました。チオール基の酸性度は求核性を示す指標であり、従って窒素原子に対するメチル化が、チオール基の求核性とジスルフィド基の酸化力を高める有効な化学修飾であることが示されました。実際に、分子内に3つのジスルフィド結合を持つタンパク質BPTIを用いて調べた結果、いずれの位置異性体においてもメチル化によってタンパク質フォールディングの加速、または天然構造形成の収率向上が見られました。中でも、ピリジル基とチオール基をパラ位で連結したpPySHのメチル化体pMePySH(およびそのジスルフィド体pMePySS、図2g)が顕著なフォールディング促進効果を示し、BPTIの天然構造体(N-BPTI)を最も高い収率で与えました。
 メチル化体の高い活性に注目し、タンパク質に対する1当量添加によるフォールディング促進効果を評価しました。30 μMの還元変性BPTIに対し、ジスルフィド結合数当り1当量の90 μM MePySS、および基準として用いられるGSSGを添加して、N-BPTIの形成プロセスをモニターしました(図3)。その結果、180分の反応時間において、GSSGを用いた場合のN-BPTIの収率は38%にとどまりました(図3b,c)。それに対して、MePySSを用いた場合、すべての位置異性体においてGSSGを上回るN-BPTIの収率を与え、中でもpMePySSが最も高い収率(74%)でN-BPTIを与えました(図3a,c)。これは、従来の人工フォールディング促進化合物を、タンパク質に対して10倍量以上の過剰量用いた場合と比べても同等の収率です。従って、pMePySSが、従来のチオール/ジスルフィド化合物と比べて添加量基準で10倍以上高い効率でフォールディングを進めることが示されました。さらに、インスリンのフォールディングをジスルフィド化合物の1当量添加条件で行ったところ、GSSGを用いる方法と比べて、pMePySSは4.2倍高い効率でインスリン天然構造体の形成を進めました。pMePySSがタンパク質製剤のフォールディングに対しても有効であることが示されました。
 細胞内SS結合形成を伴うタンパク質フォールディングの触媒は、PDIなどの酸化還元酵素が担いますが、これまで開発されてきたPDI模倣人工分子は、基質タンパク質に対し10倍量以上添加されて用いられてきました。今回開発した分子は1当量でフォールディング促進できる能力を持ち、酵素に準ずる機能を持ちます。

今後の展開
 本研究において、タンパク質に対して1当量、つまり理論上要する最小量の添加で効率よく天然構造体を与えるフォールディング促進ジスルフィド化合物pMePySSの開発に成功したことは、インスリンや抗体医薬などのタンパク質製剤の生産効率向上に貢献すると期待されます。また最近では、フォールディング補助因子酵素であるPDIの失活が糖尿病?神経変性疾患などミスフォールディング病と関わっていることも指摘されています。pMePySSがPDIに準ずる機能を持つことから、これらの疾患に対する有効な治療薬開発の一助になると期待されます。

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図1 酸化的タンパク質フォールディングの概要と本研究で開発したpMePySS

 左に示す還元変性タンパク質は、システイン残基の側鎖がチオール基(SH)の状態にあり、分子全体として構造がほどけている。還元変性タンパク質に対してpMePySSが反応することでフォールディングが進行し、右に示す天然構造タンパク質が作られる。天然構造タンパク質は、システイン残基の側鎖がジスルフィド結合(SS)を形成し、分子全体が折り畳まれた状態にある。

図2 本研究で開発したピリジル基(赤部分)とチオール基(SH)を連結した化合物(a?c)と、 そのメチル化体(d?f、青部分がメチル基)、およびpMePySHのジスルフィド体pMePySS (g)
図3 MePySSの1当量添加によるウシ膵臓トリプシンインヒビター(BPTI)の酸化的フォールディング

 還元変性BPTI(R)に対して、a)pMePySS、およびb)酸化型グルタチオンGSSGを1当量添加し、逆相高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いてN-BPTIが形成されるフォールディングプロセスをモニターした結果。N’, N*, N■("SH" @"SH" ) は、BPTIのフォールディング中間体。c)N-BPTI形成収率の反応時間に対するプロット。d)BPTIの酸化的フォールディングをGSSG, oMePySS, mMePySS, pMePySSの1当量添加で行い、180分経過時点でのN-BPTIの形成収率。

研究体制
 本研究は、真人线上娱乐大学院工学府の岡田隼輔(博士後期課程修了)、松本陽佑(博士前期課程修了)、大学院工学研究院の村岡貴博教授、東北大学学際科学フロンティア研究所の奥村正樹准教授、東海大学理学部の高橋莉奏(博士前期課程学生)、荒井堅太講師、関西学院大学理学部の金村進吾助教の研究ク?ルーフ?により行われました。本成果は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業FOREST(課題番号: JPMJFR2122、研究代表者: 村岡貴博;課題番号: JPMJFR201F、研究代表者: 奥村正樹)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST(課題番号: JPMJCR19S4、研究代表者: 野地博行)、日本学術振興会 科学研究費助成事業 学術変革領域研究(B)「遅延制御超分子化学」(課題番号: JP21H05096、研究代表者: 村岡貴博;課題番号: JP21H05095、研究代表者: 奥村正樹)、公益財団法人武田科学振興財団(村岡貴博、奥村正樹)なと?の支援を受けて得られました。

用語解説
注1 変性状態?天然構造:タンハ?ク質は、それ自身が持つアミノ酸配列に応し?て特定の立体構造を形成する。タンハ?ク質か?生理的条件下において形成する機能的な立体構造を天然構造と呼ぶ。それに対して、温度やpH、酸化還元や塩濃度などの外部環境の変化により、タンハ?ク質か?天然構造を失うことを変性と呼ふ?。

注2 ジスルフィド結合:ポリペプチド鎖中のシステイン残基の側鎖に含まれるチオール基(–SH)が酸化され、硫黄原子間で形成される共有結合。タンパク質の立体構造を安定化する役割や機能調節に関わる。

注3 酸化的タンパク質フォールディング:ジスルフィド結合形成と共役してポリペプチド鎖が折り畳み、タンパク質の立体構造が形成される反応。インスリンや免疫グロブリンなどの医学的に重要なタンパク質の多くも、この反応を経て活性な立体構造を形成し、生理機能を獲得する。

注4 システイン残基:側鎖にチオール基を持つアミノ酸残基。チオール基が酸化され、ジスルフィド結合を形成する。

注5 酸化型グルタチオンGSSG:グルタチオンは、グルタミン酸、システイン、グリシンの3つのアミノ酸残基から成るペプチドである。システイン残基のチオール基が酸化され、グルタチオン2分子の間でジスルフィド結合を形成したものを酸化型グルタチオンと呼ぶ。

注6 神経変性疾患:中枢神経を構成する特定の細胞群が障害を受け発症する脳神経疾患の1つ。構造異常タンパク質の蓄積や沈着が神経細胞群の障害を引き起こす主要因の1つと考えられている。

注7 分子シャペロン:他のタンパク質が天然構造へフォールディングするプロセスを助けるタンパク質。

注8 求核性:電子密度が低い原子へ電子を与える性質。ここではチオラートアニオンがタンパク質分子中のジスルフィド結合を形成している硫黄原子と反応する性質を表す。

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