空間を介した電子調節機能への挑戦!! “スタックドアレーン型”有機分子触媒の開発
空間を介した電子調節機能への挑戦!!
“スタックドアレーン型”有機分子触媒の開発
国立大学法人 真人线上娱乐大学院工学研究院応用化学部門の森啓二准教授は、二つの芳香環を平行配列させた際に生じるπ-π相互作用のこれまで未開拓であった性質(空間を介した電子調節効果)を基盤とした、新しい有機分子触媒の開発に成功しました。この成果により、これまでにはない機能性分子設計や新規薬剤開発の道が拓けることが期待されます。
本研究成果は、Elsevier社Tetrahedron Letters誌(6月7日付)に掲載されました。
論文タイトル:“Stacked-arene”-type organocatalysts: utilization of π-π interaction as an electron tuning tool
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0040403922003537
現状
複数の芳香環が集積した際に生じるπ-π相互作用は、古くから知られている重要な非共有結合性相互作用(注1)です。その活躍の場は、タンパク質の高次構造やDNAの二重らせん構造の安定化、ホスト分子によるゲスト分子の捕捉など多岐にわたります。代表的な非共有結合性相互作用である水素結合(注2)が“有機分子触媒(注3)”の分子設計に数多く利用されていることから、π-π相互作用にも同様の応用が期待できますが、報告例は極めて少ない状況です。しかもその利用法は分子の“安定化や空間的な固定化”に限定的で、電子的環境の変化に関わる“電子調節機能”として利用した例は、触媒分野に限らず、皆無でした。
研究体制
本研究は、真人线上娱乐大学院工学府 山本雄貴修士、井上愛子修士、酒井暖修士、大多和柚奈修士、ならびに同大学院工学研究院応用化学部門 森啓二准教授により行われました。また、本研究は住友財団の助成により行われました。
研究成果
水素結合に比べてπ-π相互作用の利用例が少ない理由として、相互作用エネルギーが弱いことが挙げられます(水素結合:2–10 kcal/molに対して、π-π相互作用:1–3 kcal/mol)。そのため、π-π相互作用を基盤とする触媒の設計にあたっては“どのようにして弱い相互作用であるπ-π相互作用を効果的に機能させるか”が鍵になります。これに対して森准教授らは二つの芳香環を“強制的に近づける”ことで解決できると考え、二つの芳香環を頑強な母核で固定した触媒構造を設計?考案しました(二つの芳香環が平行配列した構造を持っていることから「スタックドアレーン型触媒」と命名)。もし期待した効果が発揮されれば、一方の芳香環の電子環境を変えることで、他方の芳香環の電子環境の変動、ひいてはその芳香環に置換している活性化部位 (X–H) の性能調節が実現できるはずです。
この仮説のもと本研究グループは、有機触媒を用いた研究でよくみられるニトロスチレンとマロン酸ジメチルとの反応を用いてπ-π相互作用の電子調節機能を評価しました。すると期待通り、一方の芳香環の電子環境を変えることで触媒能が大きく変化することが分かりました。特に、大きく電子が不足した状態になっているピリジニウム環を持つ触媒は極めて高い触媒活性を示し、良好な収率を維持したまま、触媒量を3 mol%まで低減化することもできました。本研究は“π-π相互作用の電子調節機能としての利用”という基礎的な知見を明らかにしただけでなく、物質製造に効果的な“高活性触媒の創出”の道を切り拓いた、という二つの点で意義深いものであると言えます。
今後の展開
今後はこの特殊な骨格を活かした不斉触媒の開発を目指します。また、今回は“電子不足芳香環”に焦点を当てていましたが、“電子豊富芳香環”にすることで逆の電子効果を生み出すことも可能です。この性質を活かした触媒開発も行います。さらにこの研究の過程で得ていた“芳香環の電子的環境、ひいてはπ-π相互作用の強度を変化させることで、芳香環の回転のしやすさが変化する”という知見をもとにした触媒開発も行う予定です。
注1)非共有結合性相互作用
原子やユニット間で働く共有結合よりも弱い相互作用(引力)を示す用語。
注2)水素結合
極性の高い原子に結合した水素とヘテロ原子の孤立電子対もしくはπ電子との間に生じる相互作用の呼称。
注3)有機分子触媒
金属元素を含まない、有機元素のみから構成される触媒の総称。高い有用性から、2021年度のノーベル化学賞の受賞対象となった。
◆研究に関する問い合わせ◆
真人线上娱乐大学院工学研究院
応用化学部門 准教授
森 啓二(もり けいじ)
TEL/FAX:042-388-7034
E-mail:k_mori@cc.tuat.ac.jp
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