昆虫は活性酸素を上手に利用する~蛹(さなぎ)になるために活性酸素を利用する仕組みを発見~
昆虫は活性酸素を上手に利用する
~蛹(さなぎ)になるために活性酸素を利用する仕組みを発見~
国立大学法人真人线上娱乐大学院連合農学研究科 野島陽水(大学院博士課程修了生)と農学研究院生物生産科学部門 天竺桂弘子准教授、大学共同利用機関法人情報?システム研究機構データサイエンス共同利用基盤施設ライフサイエンス統合データベースセンターの坊農秀雅特任准教授を中心とする研究グループは、チョウ目に属する昆虫が強いストレスに対峙した場合に、蛹化が早まる現象の分子メカニズムの一端を解明しました。チョウ目昆虫であるカイコ (Bombyx mori)は、蛹期に幼虫の体を成虫の体へ“つくりかえる”ために幼虫の体を一旦溶かし、成虫の体をつくります。このプロセスにおいて、カイコは蛹になる前にわざと体内の活性酸素の量を増加させることが明らかになりました。すべての生物に対して悪者であると定義されてきた活性酸素をカイコは蛹になる時に上手に利用していたのです。この成果は昆虫の蛹化の分子メカニズムの解明に役立つだけでなく、昆虫が様々な環境下で生存できる能力を獲得できた理由の解明にも繋がることが期待されます。
本研究成果は、Scientific Reports(10月11日付)に掲載されました。
現状 :チョウ目昆虫であるカイコガ(Bombyx mori)は、蛹期に幼虫の体を成虫の体へ“つくりかえる”ために幼若ホルモンと脱皮ホルモン?エクダイソンの体液中濃度を変化させ、蛹化のためのスイッチをオンにします。蛹期では体液中へのエクダイソンの分泌に伴って、まず細胞内においてプログラム細胞死の1つであるオートファジーが、続いてアポトーシスが誘導され、自己融解した幼虫組織から材料を得て成虫組織を再構築し、変態します。チョウ目昆虫では紫外線の照射や、飢餓などの強いストレスが幼虫の時期に加わると早期に蛹になることが知られていましたが、その分子メカニズムはよくわかっていませんでした。
研究体制
:本研究は真人线上娱乐および情報?システム研究機構データサイエンス共同利用基盤施設ライフサイエンス統合データベースセンターで実施されました。
研究成果
:本研究チームは紫外線が照射された際と、蛹化の際に、共通の遺伝子発現変動が起こるのではないか、と仮説を立てました。そこで、公開されている遺伝子発現データベースの紫外線照射と蛹化に関するカイコのデータから、共通した発現変動を示す遺伝子群を探索した結果、活性酸素の発生に関与するシグナル経路を発見しました。
次に、Superoxide dismutase(SOD)の一種である、SOD1とSOD2タンパク質に注目しました。SODは生物がストレスを受けた際に生じる活性酸素を除去する酵素です。カイコの発育過程においてSOD1およびSOD2タンパク質の挙動を観察すると、幼虫から蛹に変化する前にSOD1とSOD2タンパク質の発現が顕著に低下し、その後蛹化が終わると、発現量は回復しました。また、カイコ体内の活性酸素の量を測定すると、蛹化前に増加することが分かりました。そこで、エクダイソンと活性酸素、SOD1とSOD2の関係を調べてみると、エクダイソンによりSODの発現は低下し、活性酸素の量が増加しました。
このことから、エクダイソンというスイッチにより活性酸素が増加することで、オートファジーとアポトーシスが誘導され蛹化できると考えられたのです。そこで、蛹化前にカイコ体内のSODの量を増やすために、SODと同じ機能を持つ化合物(SODミミック)をカイコに注射したところ、カイコは蛹化できなくなりました。このことから、カイコが蛹化するためには、SODの発現を低下させ、体内の活性酸素の量を増やす必要があることが分かりました(図1)。
今後の展開 :昆虫が組織を融かして体を再構成する奇妙な現象には多くの者が魅了され、現在でもその分子機構を明らかにするために多くの研究が行われています。本研究が更に進展すれば、昆虫が諸刃の剣である活性酸素を蛹化開始の分子機構に組み込み、進化?繁栄してきた理由に迫ることができます。本研究チームが発見した活性酸素を利用する蛹化の分子メカニズムは、昆虫の環境適応戦略の仕組みの解明の一端に役立つことが期待されます。
掲載論文 :Nojima Y, Bono H, Yokoyama T, Iwabuchi K, Sato R, Arai K, and Tabunoki H. “Superoxide dismutase down-regulation and the oxidative stress is required to initiate pupation in Bombyx mori” Sci.Rep. 2019
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